宇宙探査イノベーションハブ 共同研究 インタビュー

月探査に向けられた眼差し

過日、宇宙探査実験棟ではパナソニックアドバンストテクノロジーとの共同研究が行われた。これまでもAIに関わる共同研究を行ってきたが、その小さなローバーが走行する実験の背景と、研究者が今思う視線について、話を聞いた。


共同研究「RFP8少量データ向けCG合成画像を用いた物体検出深層学習手法の試行(パナソニックアドバンストテクノロジー株式会社、株式会社諸岡)」

宇宙探査実験棟 宇宙探査フィールド

パナソニックアドバンストテクノロジー株式会社研究開発部門事業開発室 田村 創さん

聞き手:宇宙探査イノベーションハブ事務局

本研究は2022年12月から始まりましたが、今回の実験はどのような内容でしょうか。

月面探査車を自動運転する際には、岩やクレータのような安全な移動を妨げる物体や地形を避ける必要があります。月面のような現地画像データが十分にあるわけではない環境に対して、事前に少しの画像とCGデータを最大限活用した形で障害物を見つけるAIを準備し、未知の環境への自動運転の応用に備えるというのが今回の研究テーマです。 地上でも、災害現場で建設機械を自動運転する場合、崖崩れを見つけて建設機械を止めるAIを準備しようとしても、崖崩れの現地画像がたくさんあるわけではないので正しくAIを学習させるのはとても難しいんです。そこで、少しの現地画像と災害現場を模擬したCGデータを組み合わせる手法でAIを開発しているのですが、その手法が月面探査車にも応用出来ないかを試すのが今回の実験になります。 まずは岩や石を見つけるよう学習させていますが、今後クレータや崖など様々なものを識別できるようにすることで、より明確な環境情報を作り出せると考えています。

実験の様子

今日は初めて宇宙探査実験棟 宇宙探査フィールドでの実験と聞きましたが、月面を模した環境での実験はどうですか。

例えば、ここに来て初めて、月面を模した環境ではローバ自身が走った轍がくっきり残り、その轍を誤検知してしまうことが分かりました。事前の画像には轍はなかったですし、恥ずかしながらCGデータを用意する際にも轍を付ける事を思い付いていなかったんですね。これまで郊外の砂浜で実験を行っていたのですが、風雨で固められた砂地だったのと、太陽光の下だったため、轍がさほど目立たず課題に気付けていませんでした。 宇宙探査フィールドの月面を模した砂地と照明環境(太陽光が鋭角で地面をとらえる環境)で実験をさせて頂く事で、初めてそのような課題に気付く事ができ、次のAIの学習にフィードバックする事が出来ましたので、とても良かったと思います。

模擬クレーター
探査機のつくる轍の様子

その障害物の検知は今後どのように改善していく計画でしょうか。ローバーを拝見すると、様々な機器が搭載されているのが見受けられました。

カメラやセンサーを搭載した探査機

現在の障害物の検知は4Kの可視光カメラとステレオカメラでやっていて、人間の目で見たようなカラー画像を用いて認識しています。同時にLiDAR(Light Detection And Ranging)センサを使った点群処理を行っています。カメラだけでは障害物がどこにあるかの判断を間違ってしまうようなものは、LiDARセンサの情報を掛け合わせることで、より精度の高い環境認識を目指しています。 また、次はクレータ検知を追加したいと考えています。そのためにはAIを学習、評価するためのデータを用意する必要がありますが、NASA等が提供しているリアル月面画像には、探査機の視点から撮影した中小規模のクレータ画像は少なめですので、まずは宇宙探査フィールドで撮影させて頂いた模擬クレータ画像をデータとして使用して、CGデータと組み合わせることで検知できるようにしたいと考えています。 まだまだ要素技術を積み上げている段階ですが、ここから一歩ずつ前に進み続けることで現実的な課題に対するアプローチが出来るようになると思っています。



田村さんのこれまでのご経験や貴社の強みが深く関係していそうですね。

私は、これまで自動車や建設機械の衝突防止AIを作っていまして、歩行者や障害物を見つける研究や商品開発をしてきました。AIの開発はプログラムの開発という側面だけではなくて、シミュレーション評価に加えて、実際の環境で試してみて、新しく分かった課題に対してどうしたらいいだろうかと PDCAサイクルを回し改善し続けることがとても重要です。改善を続け、お客様にお使い頂けるゴールまで辿り着くことができるプロセスを持っているのは弊社の強みだと考えています。

宇宙への思いを熱く語る田村創さん


この共同研究はご自身にとってどのように捉えているでしょうか。馴染み深いものだったでしょうか。

パナソニックアドバンストテクノロジーの皆さん

現在はまだ宇宙探査フィールドでの実証レベルなので、実際月に行って使えるかは未知数ですが、これから日本のSLIMやアルテミス計画、各国の月面探査を通じてたくさんのデータが出てくると思います。そこで揉まれる中で、本当に使えるかが分かってくると思います。この共同研究はきっかけで、ここからPDCAサイクルを回し改善を続け、最大限できるところまで頑張る始まりだと捕らえています。 宇宙分野の開発を主にしている会社ではありませんでしたので、月面データの扱いなど馴染みはあまり無かったのですが、逆に宇宙にチャレンジしていることを社内向けに配信したときには社員のモチベーションを上げる効果がかなりありました。特に二十代後半から三十代前半の世代に「面白いことやっていますね」「これは俺たちの時代のテーマですね」と言ってもらえたのはすごくうれしかったですね。まさに彼らが三十代、四十代になるころにようやく月面で実証実験というフェーズになっている開発だと思うので、その頃中核になっているであろう世代がこの話を聞いた時に、「俺たちの時代に引き継いでいかなければいけない」と考えてくれるところが面白いなと思いました。  私の子供は今年中学校一年生なんですけど、「僕たちが大人になる頃はたくさんの人が月に行くよね」と言っています。今は宇宙で仕事ができるのは宇宙飛行士やごく限られた人達で多くの人には馴染みの少ない分野かと思いますが、小さなきっかけから始まった宇宙開発の取り組みが、若者から今の子供達へと引き継がれてく中で、やがて彼らが大人になる頃には、当たり前に宇宙で仕事や生活をするための馴染み深いものになってくれる事を期待しています。