JAXA 宇宙探査イノベーションハブ はやぶさ2カプセル回収レポート 2

はやぶさ2のカプセル回収には多くの人が携わりました。研究者はもちろんのことですが、支えるスタッフの出身は多岐に渡ります。 今回のレポートは裏でカプセル回収を支えた、宇宙探査イノベーションハブのメンバーである株本さんのレポートを紹介いたします。
株本さんは入社2年目の文系出身ですが、渡豪前から訓練に参加し、今回のオペレーションに臨みました。


2021/3/6

宇宙探査イノベーションハブ
株本紗世


はやぶさ2カプセル回収 ミッション はじまり

  2020年12月5日から6日明朝にかけて、オーストラリアのウーメラ砂漠で行われたはやぶさ2のカプセル回収隊にDFS(Direction Finding System)班、いわゆる方向探査班にリエゾンという役割で参加しました。今回はそのオペレーションに参加したレポートを残したいと思います。

 本プロジェクトの回収業務に参加できたことは非常に貴重な経験であり、回収オペレーションそのもの以外にも、今後仕事を続けていく中でどのような人物になればよいか、という観点からも非常に濃い半年間となりました。
 DFSとは地上10kmでサンプルカプセルがパラシュートを開いた際にカプセルから発せられるビーコンを探知することで、カプセルの着陸地点を予測するシステムです。
 私が担当したリエゾンは、カプセル回収班において本部とアンテナ局をつなぐ情報伝達の役割を担っていました。実際に着陸するカプセルの方向を探知するのはDFS班の中でもフィールドに展開されている5つのアンテナ局ですが、リエゾンはそのアンテナ局から伝えられるカプセルの方位角情報を衛星電話を通して取得し、サーバーへのインプットを行います
 本番までに行われる各種試験や、リハーサルにおいて【本部―アンテナ局】間の情報伝達を行うこともリエゾンの重要な役割の一つです。
 アデレードでの入国後2週間の隔離を経てウーメラ村に到着してすぐに、フィールドに出るDFSのメンバーとはお別れ。
 フィールドのメンバーを見送った後はいよいよ本番に向けて実際に方向探査システムが正常に動くのかを各種試験を通して確かめていきます。
 我々リエゾンは本部から衛星電話を通じてアンテナ局とのコミュニケーションを図り試験を進めていくのですが、実際に国内で行っていた訓練とはわけが違い、そもそもつながらない、途中で通信が途切れる、日によって通信のコンディションが違う等、慣れない通信手段に悪戦苦闘するというところからのスタートでした。
 実はリエゾンのメンバーは国内の訓練時の時から全員揃うことがほとんどなく、今回オーストラリアで初めて全員が顔を合わせるという状況でしたが、年齢もお互いの分野も全く異なる中一つトラブルが起こっても全員で知恵を出し合い、試行錯誤することで乗り越えてゆきました。
 それでも、お互いがフラットにコミュニケーションをとることができる環境であったからこそ短時間で信頼を築くことができ、作業をスムーズに進められたのではないでしょうか。リエゾンの中では最年少の参加となりましたが、時に楽しく、それでもトラブルには徹底的に対応し、やるときはやる。サーバーを担当してくださっていたお二方を含め、リエゾンメンバーの人柄故だと感じました。


  • フィールドのアンテナ局と通信チェック中のリエゾンメンバー

リエゾンとしてオペレーションに必要なもの

リエゾンに必要なものは「集中力」と「スムーズなコミュニケーション」です。というのも、オペレーション当日はカプセルの突入の数時間前からアンテナ局との通信チェックや、試験があり、オペレーションが始まるとアンテナ局から伝えられた情報を受け取り、時間内に正確にサーバーへインプットする必要があります。
 その際にスムーズにアンテナ局とコミュニケーションが取れなければ情報伝達がうまくいかず、最悪の場合にはオペレーションの失敗にもつながりかねません。
 そのために、オペレーション本番までは各種訓練、試験において本番と同様の手順を何度も繰り返します。機器の立ち上げ、アンテナ局との通信チェック、入感時の動作、カプセルの方位角情報の入力…etc。
 また、作業の流れに慣れるだけでは不十分なので、アンテナ局のメンバーとスムーズに情報を伝達できるよう、日ごろからお互いに意思疎通を図りやすい環境を作ることを意識していました。私の担当していた局の人は「これからパスタつくりまーす!」など雑談を交えて気さくにコミュニケーションをとってくださったおかげで、私も落ち着いて作業ができたように記憶しています。
 当日までこのような作業、コミュニケーションを繰り返すことで、通信におけるトラブル、立ち上げ時の作業削減、方位角情報記入時の工夫にいたるまでお互いに意見を出し合い細かい修正をかさねてゆき、オペレーション本番において集中力を切らさず落ち着いて作業ができる環境を作り上げていきました。  そしていよいよ本番の日を迎えます。

リハーサルの待機時間、地平線に沈む夕日がきれいだったので
撮影…してるところを後ろから撮影される。
リハーサルの休憩中に現れたはや2とオーストラリアの動物達


オペレーション本番

これまで何年もかけてプロジェクトを進め、カプセルの回収に向けた準備を進めてこられた方が大勢いる中で、途中で参加した私が緊張をして、情報を聞き漏らしてしまってはいけないというプレッシャーがありました。
 前日の時点ですでに緊張がピークだったのですが、サーバーを担当していたお二方から、明日はこれまでの訓練通りにやれば絶対に大丈夫だから、と声をかけていただいたおかげで、少しだけ緊張が和らぎました。
 当日は夕方に作業拠点へ出発です。心なしかいつもよりも野生動物に遭遇した数が多かったような気がして、もしかして応援してくれてるのかな~と考えていました。
 ニュース、風予測によればリエントリ時刻は風が強くなる予報。
 少しの不安を抱えながらもリハーサル通りにチェック、試験を進めてゆき、いよいよ12月6日の本番を迎えます。
 何度もオペレーションの訓練、アンテナ局とのコミュニケーションを重ね、アンテナ局に居る人たちも必ずカプセルの位置情報を捕まえてくれる確信があったので正直なところ私自身に不安はなく、あとは無事にカプセルがリエントリし、ビーコンを発してくれることを祈るのみ。

  • 12月5日、本部内のとある風景。徐々に豪華になっていきました

最終チェックを始めるまでの仮眠時間は緊張の正直あまり眠れませんでした。
 リエントリ時刻の約1時間前から最終チェックの開始、本部の中ではこれまでにないぐらいの緊張感が漂っていましたが、我々としてやることは変わらないため、これまでやってきた通り、スムーズに終えひたすらその時を待っていました。
 リエントリの時刻になると、アンテナからの火球確認の報告、ビーコンを無事にキャッチすることができたかの報告を待つことになります。
 そしていよいよ火球確認の報告が来る時間になったその時、一つだけ残念なことが起こってしまいました。不運にも私が担当していた局の近くでは雲がかかってしまっていたため、火球を確認することができませんでした。
 それでもカプセルは着陸に向けて降下を続けるので、すぐさまアンテナ局からの入感確認の連絡を待ちます。
 アンテナ局から「S1入感!」の連絡が入った時は思わず大きな声が出てしまいました。(あとで聞いた話ですが、担当していたアンテナ局の人から「キャラバン内に響き渡ってたよ笑」と言われちょっと恥ずかしいです)
 そのあとは1分ごとにアンテナ局からの方位角情報を受信し、サーバーへインプット、5局分の方位角が交わる点を決定…という作業をカプセルからのビーコンが途絶えるまで続けます。
 全局分の消感連絡を受けたあとは、DFS班が導き出した着陸予測地点に向けてヘリが捜索に向かうため、我々は見つかることを祈りながらひたすら待つことになりました。
 「カプセル発見!」という言葉を聞いた時の本部の様子は安堵と興奮に包まれていたように感じます。
 これまで多くの人が携わって準備を積み重ねてきたことが実を結んだ瞬間の一つを身近で経験できたことで、胸が熱くなりました。
 しかもDFSでは1km四方の精度で予測ができれば十分と言われていたところ、二百メートルの精度で予測ができていたのだというから驚きです。
 DFSとしての作業が終わり、実際にカプセルを目の当たりにしたことや、親戚、友人など多くの方から「おめでとう!」という連絡をいただいたこと、また多くのニュース番組で取り上げられている様子をみて、自分が微力ながら携わったことの大きさに改めて気づくことができました。
 様々な分野・機関から、多くの人が参加していた今回のプロジェクトではありますが、日々お互いが密にコミュニケーションをとりながら、チーム全体だけでなく各個人が抱える問題に対処していたことがコロナ禍で大変な状況においてもプロジェクトの成功にたどり着いたのだと実際に参加して肌で体感しております。
 分からないことが多い中、自分の心の赴くままに飛び込んだ回収班ですが、DFS班のメンバーのみならず多くの人に助けていただいたことで、自分の役目に誇りを持ち、無事に最後まで役目を全うすることができました。
 普段からの密なコミュニケーションが本プロジェクトにおける成功のカギであると今回のオペレーションを通じて体感したため、普段の業務においても積極的にコミュニケーションをとりながら日々の課題や不安を解決し、探査ハブから素晴らしい成果を世に送り出せる人物になりたいと思います。
 はやぶさ2のミッションは今後も続いていきますが、その成果が素晴らしいものになることを祈らずにはいられません。



余談(オフ日について)

ウーメラでの生活は退屈じゃないのかと知り合いから連絡をもらっていましたが、同じ村に滞在していたDFSのメンバーとご飯を食べたり、1時間かけて他の村まで買い物に出かけたり、オパール鉱山のあるAndamookaという村へプチ旅行したりとかなり充実した毎日を過ごしていました。
 また、ウーメラ村の中にある天文台を開いていただいて、南半球の満天の星空を満喫しました。現地の人は星座の星と星をつなぐのではなく、星の間に存在する真っ暗な部分をみて星座を作っていたという話は非常に興味深かったです。
 砂漠を散策した際には野生のコクチョウ、ペリカン、モモイロインコ等に遭遇することができました。普段はずっと相模原にいるためか、日々のあらゆる出来事が新鮮で、隔離も含めた日々はあっという間に過ぎていきました。



オパール鉱山の町Andamooka郊外での一枚
オフ日に砂漠を散策中、野生のコクチョウとペリカンを発見!






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